アスリート座談会

『夢の実現へまい進』
『前進、飛躍、そして挑戦』

~「上月スポーツ賞」表彰に感謝、ますます精進
北京オリンピックでともにメダル獲得~

水泳ニッポン、体操ニッポン復活の担い手が初対面

「 日本の将来は教育にあり」、上月景正理事長が掲げた財団設立の理念。設立以来30年、社会貢献への思いを込めて多くの方々を支援し、勇気付けてきました。

2002年からは将来を担うスポーツ選手を支援する事業に着手。そして毎年、世界で活躍した選手を表彰する「上月スポーツ賞」を制定しました。

今回はこの賞に輝いた競泳のオリンピック銅メダリスト藤井拓郎選手と体操ニッポンの絶対的エース内村航平選手、そして設立当初から財団理事を務めてきた五代友和理事(「スポーツ選手支援事業」審査委員長)を交えて財団への思い、オリンピックの話題などを語ってもらいました。

(司会・堀 荘一)

左から藤井拓郎選手、内村航平選手、五代友和理事

お金よりも価値あり

司会まず、30周年を迎えた上月スポーツ・教育財団に対して、メッセージをお願いします。

藤井おめでとうございます。30年の長い間、財団活動を通していろいろな方にご支援をいただき御礼申し上げます。

内村本当におめでとうございます。スポーツを含め、支援してもらった方はものすごく助かり、そのおかげでまたやる気を持つことにつながり、とても素晴らしい事業だと感謝しています。

司会藤井選手は2008年北京オリンピック男子メドレーリレーで銅メダル、内村選手は2010年世界選手権で団体銀メダル、個人連覇を達成して「上月スポーツ賞」を受賞されました。財団へ今後期待することは?

藤井再びこのような賞をもらえるよう頑張るだけです。この賞を受けることが一つのモチベーションを上げることだと思うので、より多くの選手の力になってもらえればと思っています。

内村この賞を力に、ますます精進したい。これからも続けていただき、選手たちにやる気を起こしてもらいたい。財団からの支援で、また次も頑張ろうとか、あの時の成績でこんな賞がもらえたとか、初心に帰れるとてもいいことにつながっています。お金をもらうことよりも、この賞をもらえるだけで素晴らしいことだと感じています。

五代大変に嬉しい話。この財団に認定してもらうことが一つのステータスなのです。一流選手の証を認めてもらえるということ。この財団をつくられた上月景正理事長の趣旨は日本の将来を担う若者へのバックアップ。「スポーツ選手支援事業」、「上月スポーツ賞」、「スポーツ研究助成事業」など、多くの方の励みになるよう役に立ちたいという考え方なのです。財団は最初、奨学金制度で恵まれない方たち、例えば遺児や、学生で経済的に苦しい方に支援するなど、いろいろなことに取り組んできました。今やスポーツが中心ですが、漫画家やアニメーターになりたい方も支援しています。要は将来の日本のために役立つという精神です。

「ホッとした」「悔しかった」

司会北京オリンピックが2人とも初出場で、その時の印象を聞かせてください。

藤井オリンピックは初めてで、日本代表も初めて。大学4年の時で、日本代表として戦えることが今までになかったような力を出せた大会だったと思います。

内村今までいろいろな試合に出ましたが、一番盛り上がっていたし、やる気も自然と出てきた。周りに与える衝撃も強い大会だと感じました。

司会メダルも獲得されていますが、その時の気持ちは?

藤井メドレーリレーは日本がメダルを取り続けてきた種目なので、かなりのプレッシャーを感じていました。最後の最後までどうなるか分からない接戦だったので、これまで感じたことのないほど体の震えがあった。結果的にメダルを取ることができ、嬉しいというより、ホッとしたというのが正直なところでした。

内村2004年のアテネオリンピックで日本が団体優勝しているのでかなり期待されていたし、僕らも金メダルを目指して準備してきた。しかし中国に大差を付けられ、悔しかった。個人総合に関しては、自分が今世界の中でどのぐらいの位置にいるのかも全く分からないまま試合に臨みました。あん馬で2 度も落下したにもかかわらず銀メダルが取れたので、正直信じられない気持ちでした。

司会日本人スイマーが昭和初期から終戦直後まで世界新記録を連発するなど「水泳ニッポン」という言葉があったのを知っていますか?

藤井知りませんでした。もちろん、古橋廣之進(日本水泳連盟)元会長は存じていますし、活躍も知っていますが、そういう言葉があったことは…。

五代私らが小学校の頃。戦前戦後の日本は物資がなく、とにかく食べるものもなかった時の活躍だったから、どれだけ勇気付けられたか。ラジオにかじりついてね、感激しました。日本の戦後復興の第一歩でしたね。やはりそれだけ影響力があるということです。伝統の力というか、スポーツの与える力というのかな。

司会「体操ニッポン」と呼ばれてきた1960年のローマオリンピックからV 10 時代がありましたが、その活躍の歴史は知っていますか?

内村はい、もちろん。小さい時から、昔の選手の演技をビデオで見ていました。

2008年度「上月スポーツ賞」表彰式

2011年度「上月スポーツ賞」表彰式

失敗物語の方が心に残る

司会これまでの競技生活で最も思い出に残ることは何ですか?

藤井やはり北京オリンピックが日本代表としての初めてのデビュー戦だったので一番印象に残ります。

内村大学4年で全日本選手権の団体総合で優勝したことです。

五代嬉しかったことはいくらでもあると思うが、悔しかったことも必ずあるはず。どんな時でしょうか。

藤井これまで2回あります。1回は大学1年の時のインカレで、大学に推薦で入れてもらったにもかかわらず、全然力になれなかったこと。それによって水泳に集中するきっかけにつながったわけですけど。もう一つは2010年の広州アジア大会100mバタフライで、中国と金メダル数を争い自分が絶対勝たなければならなかったのに、僅差で負けて貢献できなかったこと。本当に悔しかった。

内村昨年の東京世界選手権団体です。終盤の平行棒が終わった時点では絶対にこっちのペースに持ち込めたと思っていたのですが、やはりミスをしてしまうと、流れに乗っていても取れるものも取れないと感じました。

五代経済同友会などで講演を聴いていて、成功物語を聴いてもあまり参考にならない。こんなミスをしたという失敗物語を聴くと、とても勉強になる。成功体験ばかりの人は負けると弱い。失敗しながら、踏みつけられながらそれに耐えていく選手の方が強い。経営者だって同じ。先輩面して言えば人生そのものだと思う。上手くいかない方が多いですものね。でもそこから人生の教訓が出てくるし、いろいろな方の経験談を聴かせてもらうと勉強になります。

得意種目のバタフライで豪快な泳ぎを見せる藤井拓郎

演技すること、泳ぐことで勇気と感動を

司会昨年の東日本大震災、どういう気持ちでこの震災を受け止めましたか。また、社会貢献の役割について考えを聞かせてください。

内村あの震災があった時、僕は練習中で、あんなに強い地震を経験するのは初めてでした。テレビをつけたら映画のような映像ばかり流れていて、これが本当に日本で起きているのかと信じられない気持ちでした。翌日も普通に練習していましたが、このまま練習していていいのかという思いもありました。結局、選手をやっている以上は演技で人々を元気にさせなくてはいけないなという気持ちでやってきました。昨年の東京世界選手権でいい演技が見せられて、少しは勇気と感動を与えられたのではないかと思ってます。

藤井僕は震災発生の時、海外に遠征中でした。海外でもニュースはやっていたのでずっと見ていました。とても信じられなかった。何か僕も力になってあげられないかと思っていました。でも実際、何をしてあげればいいのか全く分からなくて、競技に集中できず放心状態が続く時もありました。大震災で日本選手権が中止になり、震災復興のための代表選考競技会に代替開催が決まり、それに向かってしっかり泳ぐことで少しでも元気付けられればいいなという気持ちでした。社会貢献については、やはり水泳を通して貢献したい。まずは来るべき大きな大会でしっかりいい泳ぎをすれば、少しは日本のためになるのではないでしょうか。

内村体操の中で、人間として大事な礼儀作法などを身に付けてきたつもり。自分が頑張ることによって、小さい子どもたちが体操をやりたいという気持ちを持ってくれれば嬉しい。それによって礼儀作法など体操以外のことも身に付く。それが少しでも社会への貢献になるのではないかと考えています。

五代内村選手が小さい子どもたちを育てていくことを既に考えていることに感心しました。98歳で亡くなった私の母親が寝たきりになった時、人の役に立てないことは生き甲斐をなくすことだと言っていた。人の役に立つことこそ生きていることだと言った時は正直ドキッとしました。

僕自身、人に役立つことをしているのかと反省しました。次の世代を育てる方たちはいっぱいいるでしょうが、2人のようなトップアスリートが人のために声を掛けてあげたり、指導したりすれば、それこそ素晴らしい社会貢献になると思います。スポーツの持つ力はやはり凄いですよ。

2011年度世界選手権東京大会で、最も美しい演技をした選手に贈られる「エレガンス賞」を受賞した内村航平

ミスを皆でカバー、それがチームワーク

司会仲間やチームワークについて伺いたい。

藤井大会以外の練習で、普段レベルの高い者同士で競い合ったりすることによって自分の能力、パフォーマンスが上がるということはあります。また、他人からいろいろ学ぶということも多く、1人ではできないスポーツだと思います。大会でもチームの勢いや波もあるので、個人競技ですが、チーム力というのはいつも感じながらやっています。北京オリンピック最終日にメドレーリレーがあり、それまで自己ベストや日本記録を出して予選を勝ち抜いてきた選手たちが僕らのために勢いをつくってくれたおかげで銅メダルにつながったと思います。だからあのレースは4人だけではなく、競泳チームすべての力で勝ち取ったメダルだと信じています。

内村普段からの練習はもちろん1人でやっているわけではないので、選手同士で教え合うことで自然とチームワークが生まれてきます。体操の場合、チームでやるのは団体しかない。個人総合はミスしても自分の問題で、責任もそれほど重大ではないと思っています。団体になると、1人のミスを皆がカバーして、そこから積み重ねて最後に結果が出るので、それなりに責任が大きいし、ミスをしてはいけないという空気が出てきます。

司会コンディション作りについて聞かせてほしい。けがをしないためにどんなことに注意していますか?

藤井水泳はそれほどけがの多いスポーツではないのですが、僕は腰痛持ちなので腰回りのケアだとか、ストレッチをやります。自分がやっている種目はパワー系で、ある程度筋力が必要となってくるので筋力トレーニングは欠かせない。それをすることによって腰痛が結構出やすいので、どちらかというと負担をかけてしまっている。勝つためにはそれぐらいのリスクを負わなければならないのかなとも思います。とにかくあまりけがを恐れないことです。

内村体操はいつけがしてもおかしくない競技。でも、けがを恐れていると何もできなくなるので、オフシーズンにけがに負けない体作りをして、疲労を溜めないようにしています。試合の前の練習は疲れていてもやらなければいけない。でもその中で調整して軽めにやるとか、工夫してやっています。

司会競技以外でいろいろなイベントに参加することもあるでしょう?

つま先まで神経の行き届いた美しい空中姿勢

藤井シーズン中は避けてもらっています。シーズンオフには普段から応援してもらっているので、水中レッスンとかに出掛けることはあります。人に教えることによって、自分も学ぶことがあるので楽しくできます。

内村いろいろなところに参加しますけど、結構しんどい気持ちは正直あります。でもそれを言い訳にして練習ができないというのは、何か自分に負けている気がしてならない。そういう気持ちは自分の中だけにしまっています。昨年は震災の関係のイベントが多かったので、そういうことは積極的にやっていこうと思っています。

五代まあ、違う世界を見られるし、勉強になりますよ。

司会試合のないオフの過ごし方は?

藤井毎週日曜日が休みなのですが、月曜日から練習が始まるし、土曜日までの疲れもあるのでオフというイメージではなくて疲れを抜く日だと思っています。だから結構ダラダラしている時が多い。テレビを見たり、漫画を読んだりすることもあります。以前はPSPでゲームにはまっている時もありました。

内村木曜日と日曜日が休みですが、木曜は体のケアに時間が割かれ、何もしない時が多い。日曜日は先輩と買い物に行ったり、ゴルフの打ちっ放しに行ったりします。音楽はオフの日は聞きませんが、試合前はテンションの上がる曲を聞いています。試合前の気持ちの持ち方ですが、あまりリラックスしてしまうと演技したくなくなってしまうので、常に集中力を高めています。

五代ストレスを溜めることは体にも精神上もよくないでしょう。これを取る方法があるんです。ほかのことを一切考えない、何にも考えないこと。例えばゴルフはあまりストレス解消にならない。何故かと言うと、モヤモヤしたものを持ちながら、ティーショットを打って歩いていくと、その間にずっと(ストレスが)出てくる。僕は絵を描くんです。やはり趣味の世界だけど、仕事のことなど、他のことを何にも考えない。それがストレス解消になる。だから、そういう手段を持つようにしたらいいと思います。一つのテクニックかもしれません。藤井選手も内村選手も精神的に強い人のようだからあまり必要ないかもしれないけれど。いずれそういうもの(ストレス)が出てくると思いますから。

内村確かに僕の場合は、あまりストレスは溜まらない。体操をしていない時は、基本的に何も考えていませんので。

100mバタフライの自己ベストは、北京オリンピックの51 秒50

活躍すること自体が親孝行

司会家族の絆について聞かせてください。応援してくれてとても力になっているでしょう?

藤井いつも家族に応援してもらっています。大きな大会には必ず来てくれますし、本当にありがたいと思っています。試合会場では直接会えませんが、両親や兄の応援が普段の練習から大きなモチベーションにつながっています。

内村家が体操クラブで、体操は両親の影響で自然とやりだしました。北京オリンピックの応援に来てくれて、会場がものすごく広くて観客席の上の方だと顔も分からない状態だったのですが、親だけはすぐ分かった。何か通じるものがあったのでしょうね。それは小さい時から応援してもらっているからかもしれません。高校、大学の試合で応援に来られると、ちょっと鬱陶しい気持ちもありましたが、今は体操を始めたきっかけを作ってくれたし、ここまで続けてこられたのも親の応援があったからこそ。ロンドンオリンピックには応援に来てほしい。何も言わなくても、ロンドンに来るでしょうけど、やはり(応援に)来てほしい。

五代これだけ世界で活躍する選手の親御さんはとっても幸せですよね。活躍すること自体が親孝行になりますもの。でも親に心配かけないことも親孝行ですよ。

藤井昔から親は厳しいということはなかったです。学校から帰って、すぐスイミング教室へ行くという環境だったので、家にいる時はご飯を食べる時と寝る時ぐらいでした。水泳を自由にやらせてくれた親には感謝しています。

内村中学校の頃など親を鬱陶しいと感じることがあるじゃないですか。僕は高校から単身で家族と離れ、東京で一人暮らしを始めたのですが、最初は両親から東京行きを反対されていました。でも絶対行くんだと押し切りました。

五代いい意味での図太さを持っているのですね。それは必要ですよ。

「個人競技でもチーム力が必要」という2人

「ストレスは溜まらない」と内村選手

2人は初対面

司会ロンドンオリンピックへの意気込みをお聞かせください。

藤井まだ今の時点で代表権を獲得していません(注:最終選考会の4月に獲得)が、北京オリンピックの個人種目でメダルを取れなかったので、まずは個人種目で取ることと、リレーでは前回が銅だったから今度は銀、金を目指したい。

内村団体総合の金しか考えていません。北京オリンピック、そして2010、11年の世界選手権ではいずれも中国に負けている。だからといって中国に勝ちたいという思いで演技するのではなく、日本らしい美しい演技でしっかり審判にアピールしていけば、結果はついてくると思っています。あとは日本代表のメンバーが決定してから、いかにまとまっていくかです。

五代ロンドンオリンピックの注目度も相当高くなっています。日本の場合、去年の東日本大震災もあるけれど、政治・経済・社会状況が悪くなっている。でも、スポーツの力というのはものすごく大きいから、金メダルがどうこう言うより、日本選手たちが何らかの形で活躍してくれるということを祈るだけ。2人をはじめ皆さんの活躍を日本国民全体が待っているという年になると思う。ほかに明るくなりそうな話題が何もないから。国の力そのものが弱くなっている時期に、国民全体の気持ちを高ぶらせてくれる感じがします。2人とも日本を代表する選手だから、大きな活躍を期待しています。

司会尊敬する人、目標としている人はいますか?

藤井アメリカのマイケル・フェルプス選手です。結構外国の選手とは交流しますが、まだフェルプス選手と話したことはありません。

内村北京オリンピックで一緒に出場した冨田洋之さん(現ナショナルチームコーチ)です。ずっと冨田さんの背中を見て付いてきました。あと、漫画の『ガンバ! Fly high』(ガンバ フライハイ)に出てくる主人公に小さい頃から憧れて、あんなふうになりたいなと思っていました。唯一目標にする選手でした。

司会2人は前から知り合いでしたか。

藤井初対面です。今年1月の水泳のコナミオープンで顔を見ましたが、ちゃんと向き合って話したのは初めて。今日、内村君が来るということを聞き、それだけでビクビクしていたんですけれど。彼の話を聞いて、やはり人と違う考え方というか、すごいなという印象を受けました。

内村同じ日本を代表し、活躍する選手として、やはり目指すところは一緒なんだなと思いました。

司会ありがとうございました。ロンドンでの活躍を期待し、応援しています。

(2012年3月1日取材)

初対面でもトップアスリート同士で話が弾んだ

2人とも2 度目となるロンドンオリンピックにかける熱い気持ちを率直に語ってくれた

Profile

藤井拓郎

(ふじい たくろう)

184cm / 82kg 1985年4 月21 日生まれ
KONAMI 水泳競技部所属
2008年北京オリンピック大会、
男子4 × 100m メドレーリレーで銅メダル獲得
2012年ロンドンオリンピック大会、日本代表

内村航平

(うちむら こうへい)

162cm / 54kg 1989年1 月3 日生まれ
KONAMI 体操競技部所属
2008年北京オリンピック大会、
団体総合と個人総合で銀メダル獲得
2009年、2010年、2011年世界選手権大会、
個人総合3 連覇(史上初)
2012年ロンドンオリンピック大会、日本代表

五代友和

(ごだい ともかず)

財団法人上月スポーツ・教育財団 理事
(「スポーツ選手支援事業」審査委員長)